こんばんは^^
今日は【優しさ】について私の考えをまとめてみました。
興味がある方は良ければ読みすすめてみてください^^
私が学生の頃、父は家ではあまり話さない人でした。
仕事で夜遅い時間に帰ってきて、食事をとりながらなにかしらの文句を言っている。その姿が強く印象に残っています。この頃は父が苦手でした。
「もう少し優しい言い方はできないのか?」
「いつも不機嫌で怖い」
私は父が優しくないと感じていました。
さて、皆さんは今の情報から私の父は【優しい】人だと思いますか?
それとも【優しくない】人だと思いますか?
やがて私は社会人になって、働くことの大変さを実感しました。
理不尽なこと、納得いかないこと、しんどいと感じること、逃げ出したいほどの重圧を感じることを経験して私は気が付きました。
「父は家族を守るために、いろんなことを抱えながら何十年も仕事を頑張ってくれていたんだ。」
子供たちには大変な姿は一切見せなかった、その父の姿こそ【優しさ】だったんじゃないかと大人になって気が付きました。
本当の優しさとは?
私はありがたいことに沢山の人の成長の瞬間に携わることがあります。
目の前の人が成長するために、時には伝えづらいことを言わなければならない場面に出くわすことがあります。
「これを伝えることで相手が傷ついてしまうのではないか?」
「これを伝えたら相手に嫌われるかもしれない」
「伝えたことで相手との関係性が悪くなってしまったらどうしよう」
様々な不安が頭に浮かんできます。わざわざリスクをとってまで伝える必要ないですよね?
相手の成長のためだからと言って、わざわざ自分が言いにくいことを伝える必要はないから、適当なことを言ってその場をやり過ごそう。
と、見えていることを伝えない選択をする人は優しい人でしょうか?優しくない人でしょうか?
私は【優しくない人】だと思います。
なぜなら相手の成長のチャンスを奪っているからです。或いは「相手はここまで成長できる」ということを信じていないからです。
本当に優しい人とは、”言いにくいことでも相手の成長のためだと思うことは正直に伝える”そんな人ではないかなと思っています。
その時々の状況によっても【優しさ】のとらえ方は変わってくると思いますが、自分がとった行動は巡り巡って自分に返ってきますので、出来る限り周りの人にも優しくいようと日ごろから思っています。
周りにいる、優しくないと感じる行動をとる人も、もしかすると別の視点から見たときに不器用な優しさの現われだったりするかもしれません。1つの方向から「優しくない」と決めつけず、多方向から見る視点を持つ機会になれば嬉しく思います^^
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